川崎 教会 とりなしの祈り 家の教会

2026年 年間標語 「みことばに生きる教会」(ヤコブ1章22節)


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『私たちが出会うべき隣人たち』 牧師コーナー(843)

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 先週の金曜日、私たちはアブラハムが亡くなった妻サラの墓地を準備する過程を黙想しました。そこには、住んでいたヘブロンのヒッタイト人たちとの間で深く礼儀を尽くしてサラの墓地を購入する様子が詳しく記されていました。アブラハムは、神様が自分に与えてくださった約束の土地だからといって、それを強引に手に入れようとはしませんでした。長くその地に住んでいた人々に対して礼を尽くし、土地の代金も十分に支払う姿勢で墓地の購入を願い出ました。するとその地の人々は、無料で安心して墓地を使うようにと好意を示しました。それにもかかわらず、アブラハムはヘブロンの人々が見守る中で銀400シェケルを支払い、サラの墓地を正式に購入し、自分の所有として神の約束を実現しました。
 この者はアブラハムではありません。しかし、主の召しを受けて日本の川崎に来た者として、どれほど町の隣人に対して礼儀を尽くし交わりを持ってきたのかと自分に問い直すと、大きな恥ずかしさを覚えました。一生懸命に生きてきたつもりではありましたが、隣人に対して果たすべき礼があまりにも足りなかったことを認めざるを得ませんでした。
 そこで、「救い主イエス様を必要としている現実の隣人とは誰だろうか」と考えてみました。それは特定の誰かではなく、今私たちの周りで実際に苦しんでいるすべての人が、私たちが出会うべき隣人であると思います。イエス様は、貧しい人、病んでいる人、疎外された人々と共におられ、彼らを見捨てることはありませんでした。現代においても、経済的に困難な状況にある人々や移住者のような社会的に弱い立場にある人は、依然として助けを必要としています。また、外見は問題がないように見えても、内面の傷や孤独に苦しんでいる人、失敗や喪失によって打ちひしがれている人も多くいるでしょう。さらに、人生の意味を見失ってさまよっている人や、中毒や誤った選択によって自分を見失ってしまった人々もまた、回復を必要とする私たちの隣人です。彼らに必要なのは単なる解決策ではなく、共感と理解、再び立ち上がることができるという希望です。そして重要なのは、彼らが遠くにいる特別な存在ではなく、私たちのすぐそばで生きている隣人であるということです。私たちは彼らに関心を持ち、近づいていきたいものです。
 最近、教会の信徒たちがVIP、隣人を連れて来る機会が少なくなっていることを、気がかりに思っています。信徒同士の交わりの楽しさに目が向きすぎてしまい、隣人の魂の救いという教会の存在目的を見失いつつあるように感じるからです。どうぞ、心の貧しい隣人に対して礼儀を尽くし、声をかけ、もてなしてみてください。

趙 南洙師



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